White Birthday






 何時もの様に太陽は輝いていて。
 何時もの様に波は穏やかで。
 何時もの様に風は吹き抜けて。
 何時もの様に航海は順調だった。


 …………筈だった。





「フランキー、いるかぁッ!!!!」






 ……ルフィが怒号と共に兵器開発室に籠っていたフランキーの元を訪れるまでは。




「お、おぉ?どうしたんだい、麦わら」
 突然、飛び込んで来たルフィに、フランキーは机から顔を上げた。
 その視界に入ったのは、目を吊り上げ、眉を跳ね上げて怒りの形相を湛えたルフィの姿である。
 何事か・と思う間もなく、ルフィが再び怒鳴った。
「この、バカンキーッ!!!!お前なんかもう知るか!!!」
「はぁ?!!なんだそりゃあ、いきなり!!」
 いきなりの台詞に思わず怒鳴り返す。
 が、ルフィは聞き止めもしなくて。
「信じらんねェ、それでも仲間かよ!!水虫臭ェぞこのバカ!!!」
「何、言ってやがる!!おれはサイボーグだぞ!!水虫なんかなるか!!!!」
「うるせェこのバカンキー!!アホンキー!!お前なんかもう遊んでやんねェからな!!!」
「どこのガキのケンカだッ!!!一体、何が言いてェんだよお前ェは!!!」
「だからお前なぁ…ッ、ンぐ?!」
「はい、そこまで」
 不意にルフィの口を、肩から生えた手が塞いだ。
 同時にその背から苦笑混じりの声が響く。
 2人が視線を向けた先には、予想通りロビンの姿があった。
 まだ話の出来そうな相手の出現に、フランキーがほっとした表情を見せる。
「おぅ、お前ェ、何か知ってんのか?」
「大体の事は。ルフィ?駄目よ、そんな風にいきなり怒鳴っちゃ。フランキーを呼びにきたんでしょう?」
 するりと手を離して、ロビンが宥める様に言う。
 ルフィは口を尖らせて、むぅと呻いた。
「……だって、ハラ立った」
「はいはい。いい子だからいらっしゃい」
 ルフィの頭を撫でながらロビンが笑う。
 その笑顔をフランキーにも向けた。
「貴方も来てくれる?皆、甲板で待っているから」
「ああ?そりゃあ、構わねェが」
 フランキーは首を捻りながら答える。
 その様子にロビンはもう1度苦笑すると、まだ憮然としたままのルフィの背を叩いて促した。
 ルフィが先に立ち、まだ怒った顔のまま歩き出す。
 後ろに続くロビンも苦笑を浮かべたまま。
 どうにも状況が飲込めず首を捻りながら、フランキーもその後に続いた。


「あ、来た」
 甲板に上がると、他の仲間達も勢揃いしていた。
 フォアマストのベンチにゾロとナミが座り、その傍にサンジが立っている。ウソップとチョッパーは芝生に座り込んでいる。
 全員、一様に何処か不機嫌な顔で。
 その視線を一身に受けて、フランキーはますます怪訝そうに首を捻った。
「……?」
 一体、何故、こんな視線に晒される事になるのか。
 理由は全く思いつかない。
 唸っていると、ふとゾロとナミの間にある物に視線が行った。
 それは、積み上げられた大量の箱。
 それも、綺麗にラッピングされたギフトボックスの山だった。
「ゾロ!荷物!!」
「おぅ」
 ルフィがその山の方へと歩み寄りながら、ゾロに声をかける。
 ゾロは山の中から1番大きな箱を手に取ると、ルフィに手渡した。
 受け取るなりルフィは振り返り、その箱をフランキーの腹に押し付けた。
「な、何だ?!!」
「これ!!さっき、アイスのおっさんから届いた!!」
 驚きながらも受け取るフランキーに、ルフィは言い放つ。
「カードが付いてたぞ!誕生日のカードが!!」
 その言葉にフランキーが目を見張る。
 言われるまで、自分でも忘れていた事に。


「お前、今日誕生日なんだろ!!!!」


 そう、今日はフランキーの誕生日だった。

 見下ろすギフトボックスに「Happy Birthday」と書かれた1枚のカードが付いている。
 ウォーターセブンでは、互いの関係を周りに感じさせないように暮らしていたから、逆にこういう事はなかった。
 大きな箱はずしりと重い。
 恐らく、あの8年前から今日までの想いが込められているのだろう。
「バカバーク……あンのヤロウ……」
 手にかかる重みに視界が滲む。
 じんわりと喜びが込み上げて来た、その時。

「まだあるんだぞ!!!」
 その声と同時に、新しい箱がどすん・と乗った。

「ぅお?!!」
「これは、フランキー一家から!!」
「あ、いつら……!!」
「まだある!こっちは四角い妹達だろ!!」
「おお?!!」
「それから、ばーさんと孫とカエルとウサギ!!!」
「うぉぃい?!!」
「それと、ガレーラからも!!!」
「何ぃ?!!」
 次々と積み上がって行くプレゼントに、驚くばかりで。
「あとは、街の人達からだ!!!飲み屋とパンツ屋とメシ屋と服屋といろんなヤツら!!!」
「ぉぉおおお?!!!」
 ずどどどど・と効果音を立てて積み上げられて行くプレゼントの山。
 そして最後に、大きな紙袋が頂点に置かれた。
「で、こっちは全部カードだ!!!!」
「………………!!!」
 最早、リアクションも忘れて、自分でも呆然とその山を見上げてしまう。
 それ程に、物凄い量のプレゼントがフランキーに届いていたのだ。
 ウォーターセブンに居た頃だって、こんなに大量に貰った事は無いのに。
 驚くやら嬉しいやらで、自然と頬が緩んで来る。
 喜びのポーズを決めよう・と思った時。
「…………何でだよ」
 不意に耳に届いた声に、我に返った。
 視線を向けると、さっきよりも更に不機嫌になったルフィの顔。
 見渡せば、他の皆も不機嫌だったり溜息を吐いたりしている。
「え?……と、それで、何でお前ェらは不機嫌なんだ?」
 まさか、羨んでいるとかそんな事は無いと思うが。
 それにしても訳が解らずに、頭を掻く。
 問いにサンジが大仰に紫煙を吐き出し、ルフィは一層、眉を寄せた。
「聞いてねェぞ」
「へ?」
 地を這う様な声で言われて、顎を落とす。
 何を・と聞き返すより先にルフィが声を上げた。


「今日がお前の誕生日だなんて、おれ達、一っ言も聞いてねェぞ!!!!」


 その言葉にようやく、皆の不機嫌の理由が思い当たった。
「何も知らねェから、何の準備もしてねェ!!!これじゃ宴も出来ねェだろ!!!」
 ルフィが怒鳴る。
 その真意を知る。
 皆の気持ちを。
「仲間の誕生日だってのに祝ってやれねェなんて、最悪だ!!!何で言ってくれなかったんだよ!!!」
 ナミが苦笑して立ち上がり、ロビンの方へと向う。
 ウソップが気難しい顔をして俯いた。
 チョッパーは食い入る様に見ている。
「ちゃんと言えよな、そういう事は!!!水虫臭えェぞ!!!!」
「……それを言うなら水臭いだろ」
「それだ、それ!!!!」
 ゾロに直されつつもルフィは怒鳴って。
 フランキーは返す言葉に詰まった。

 『祝ってやれない』

 ただそれだけの事を、ここまで悔しがっている仲間達の気持ちを感じて。


「……まぁ、幸い小麦粉は大量に買ったばっかりだからよ、デカいケーキは作れるぜ。但し、シンプルなヤツだけどな」
 サンジが煙を吐きつつそう言う。
 少し前に補給に寄った島は秋島で、小麦が豊作だったそうで小麦粉が物凄く安かったのだ。
 大量に買い込む様を気に入られて随分オマケもしてもらった。
 お陰で、粉だけはこれでもかと言う程ある。
 小麦粉だけは、であるが。
「ケーキもいいけど、肉がねェと宴にならねェ!!!」
「酒も足りねェしな」
「お前らは食い気だけかよ!!」
 ルフィとゾロの言い分にすかさずウソップがツッコむ。
 チョッパーが慌てて手を振った。
「さ、魚なら釣れるよな。でっかいヤツ。頑張れば」
「海王類ぐらじゃねェと足りねェだろ、コイツらには」
 それも大型の・とサンジは付け足した。
 周りで展開する会話に、フランキーが慌てて口を開く。
「いや、いいって!気にすんなよ!」
 船の台所事情は解っている。
 いくら仲間の為とはいえ、急に大宴会が出来るワケがないのだ。
 視線を寄越す5人に、フランキーは笑って胸を叩いた。
「お前らのその気持ちだけで十分だぜ。ありがとうよ!!」
 本当に十分だと、そう思えたから。
 だから、本心からそう言って笑う。
 この船に乗って良かった・と思う。
 我ながら、好いヤツらに出会ったな・と。

 5人は1度、顔を見合わせて。
 そして、苦笑した。

「……ちーっとばかり質素だけどよ、祝いの飯は作るからよ」
「まぁ、宴ってほどじゃねェけどな」
「でも気持ちは籠ってるからな!」
「飾り付けがねェってのも、申し訳ねェんだけどなぁ」
「だがまぁ、祝福ぐらいは受け取ってもらうぜ」
「祝福?」
 思わずそう聞き返すと。
 5人が笑った。

 それも、なんだか妙に人の悪い顔で。


 何か企んでるとしか思えないその笑みに、反射的に警戒する。
 しかも、何時の間にやらその手には大きな袋が握られている。
 ウソップがゴーグルを引き下げるのが、また、怪しさ倍増だ。
 チョッパーに至っては、何故なのか、人間型になっているし。
 本能的に何だかヤバいものを感じ、思わず身構えた、その時。



「ハッピー・バースデー、フランキー!!!!」



 五重唱と同時に、5人が一斉に袋の中から白い粉をぶつけて来たのだ。
「ぅおッッ?!!!……ッペ、って、なな、何だぁ?!!!」
 視界が真っ白になる程の大量の粉。
 笑い声と共に次々と襲って来るその攻撃に、一瞬怯んだが。
 その正体は直ぐに解った。
「こ、小麦粉かよ!!!何すんだ、いきなり!!!……って、ぉわッ!!!」
 喋っている間にも小麦粉攻撃は止まらない。
 ルフィが笑いながら言った。
「ししし!!!サウスブルーじゃ、こーやって誕生日を祝うんだってよ!!!!」
「正式には小麦粉と卵なんだけどな。まァ流石に卵は使わせられねェからよ」
 サンジがそう言いつつ、更に粉をフランキーに振り掛ける。
「うははは!!新兵器、白粉星だ!!!」
「ぅわっぷ!!!ちょっ、止めねェかお前ェらーーーッ!!!!」
「パンツにも入れてやれ!!!」
「ぎゃーーーーッッ!!!!な、なんて事しやがるーーーッッ!!!!」
「祝福だっつったろ。ホラ、ありがたく受け取れ」
 ゾロが袋を逆さまにしてフランキーの頭から小麦粉を掛ける。
 そして、フランキーが怒り出すより先に、素早くその場から飛び退いた。
「……お前らァ!!!!いい加減にしねェかーーーッッ!!!!」
「わーーー!!!フランキーが怒ったぁ!!!!」
「フランキーってか、シロンキーだな!!!」
「よく解んねェ名前、付けてる場合かッ!!!」
「このおれが、大人しくやられっぱなしになってると思うんじゃねェぞーーッッ!!!!」
 小麦粉まみれで真っ白になったフランキーが、足元に山になった粉を抱え上げて。
「お前ェらも祝福してやるぜーーーッッ!!!!」
 お返しとばかりに、5人に粉をぶつけ返しだしたのだ。
「うぎゃーーーーーッッ!!!!」
「こ、コラー!!祝福されるのは誕生日のヤツだけだぞーーーッ!!!」
「うるせェ!!!祝福のお裾分けだぜ、受け取りやがれーーー!!!」
「ぎゃーーー!!鼻が白くなるーーーーッ!!!」
「ひるむなーッ!!!!反撃だーーーッ!!!!」
「おぅッ!!!……って、おれにぶっけてんじゃねェよ!!!」
「わりぃ。手がクソ滑った」
「……わざとか、テメェ!!!」
「ぎゃーーーーッ!!!!ゾロ、刀は抜くなーーーーッッ!!!!」
 最早、様相は6人入り乱れての小麦粉ぶつけ合戦となっており。

 それを、しっかりと船室前に避難していたナミとロビンが笑って見ていた。

「ふふ。楽しそうね」
「え?まさか、混ざりたいの?」
 ロビンの呟きにナミが驚いて振り返る。
 頬に片手を添えてちょっと考え込んで、ロビンは微笑んだ。
「そうねぇ。……手だけなら大丈夫かしら」
 そう言うと、ふわりとルフィの粉袋に手を咲かせて小麦粉を掴むと、フランキーの頭に振り掛けた。
 予想外の攻撃に、フランキーが目を剥く。
「何しやがる!!……って、お前ェらだけ何でそんなトコにいやがるんだーーッ!!!」
「あァ?!!何、言ってやがる、当然だろ!!麗しきレディ達をこんな所に混ぜられっかよ!!!」
「だからって、遠隔攻撃はねェだろうが!!!」
「ロビンちゃんなら許す!!!」
「お前ェが許す意味、あんのか!!!!」
「ししし!!!隙ありーーーッ!!!」
 フランキーがサンジに気を取られてる隙に、ルフィが手を伸ばして小麦粉をぶつける。
 その攻撃をきっかけに、また大乱闘は始まって。
 上でナミが声を立てて笑った。
「本当にもぅ、バカなんだから」
「あら、これぐらい元気な方がいいわよ」
 ロビンも楽しそうに笑う。
 その意見を否定せずに、ナミは手摺に掴まって身を乗り出した。
「ほら、あんた達、しっかりしなさーーーい!!」
「はーーいッ、ナミさーーーーん!!!」
「ぅおおおいッ!!わざわざけしかけんなーーー!!!」
 ほとんど真っ白になったウソップが慌てて叫ぶが、既に遅く。
 ナミの声援でパワーアップしたサンジが無差別攻撃を始めてしまい。

 甲板の上、入り乱れての大合戦は、もう暫く続く。
 青空を突き抜ける程の楽しそうな笑い声を響かせながら。






 祝福の笑い声を、遥か彼方の島へと送る様に。








9th, MAR., 2008





こちらで言う所の、ブラジル式。
ウチのチームでは、卵爆弾が恒例行事。
練習日に誕生日を迎えた選手は、ほぼ例外無く卵の洗礼を受けるのだ。
ちなみに、1番最初に小麦粉の洗礼を受けたのは、
現代表監督の岡田武史氏だったりする♪

そういえば、プレゼント避難させてないよ、フランキー!
ロビンが避難させてくれたのかな。
そうだな、きっと。

そして、この粉の掃除はどうしたんだろうw



2008.3.9



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